2010年はジャンゴ・ラインハルト生誕100周年ということで、ジャンゴが創り出した音楽にかかわり深い、ジプシージャズ(あるいは、ジプシースイング、マヌーシュスイング、ジャズ・マヌーシュも同義)という音楽ジャンルが、今、静かなブームだ。ジプシージャズのミュージシャン(ギタリスト)も、この10年間に続々来日招聘され、新たなファンも増えたことと思う。我々、古くからのジャンゴ・フリークにとっては、うれしい状況になってきた。

ジャンゴがギターで演奏した音楽は、ジャズであった。ジャンゴがジャズを演奏した時代は、ジャズが最新のポップスであり、当時のジャンゴの存在は、今日のロック・ギタリストと同じだった。しかも、ギターでジャズを演奏し、自らがフロントラインでバンドをコントロールするということは、ジャズの歴史上、当時はかなり前衛であったと言える。つまり、かっこよかったのだ。

ジャンゴ・ラインハルトとステファン・グラッペリが組んだフランス・ホットクラブ五重奏団が結成された1934年当時、ジャズは周知の通りアメリカ発の音楽だった。ジャズ・スターであったサッチモやシカゴアンズの語法をうまく取り入れ、最新のヒット曲を、前人未到のギター・リードで演奏したジャンゴの音楽は、本場アメリカのジャズに充分対抗できるだけの鮮烈なものだった。事実、アメリカのミュージシャンが渡仏し、ジャンゴと公式・非公式を問わず、かなり多くのセッションをしている。1930年代のアメリカでは、チャーリー・クリスチャンが見いだされる1938年頃まで、バンドを支配できるジャズ・ギタリストがまだ居なかったのだ。(もちろんソロを弾くギタリストはそれまでにも居たが、バンドやサウンドを支配するまでに至らなかったし、ジャンゴのようなホーンライクなソロは取れなかった。)

つまり、ジャンゴは、大西洋の東西を問わず、その時代の中の優れたジャズ・ミュージシャンであり、単なるジプシージャズ・ギタリストでは無かったということだ。彼は、ジプシーの出身であるだけで、彼がやったことは、他の名のあるジャズ・ミュージシャンが残した功績と同等に捉えなければならない。ジャンゴの演奏にかぎらず、当時のフランスのジャズは、ホットジャズと呼ばれていた。ジプシージャズではないのだ。

ジャンゴと言うと、ちょっと知った人なら、ステファン・グラッペリの名前や、バイオリンを擁し弦楽器ばかりで演奏した演奏を思い起こすだろう。しかし、ジャンゴが残した800曲超の録音では、バイオリンと共に演奏したテイク数は20%を超えない。ジャンゴの名からそのサウンドを思い浮かべる人は、この数字に驚くだろう。ジャンゴが残したほとんどの録音は、アメリカのジャズと同じ、管楽器やドラムスが加わった、今日で言うところのトラッド・ジャズなのだ。このことから、ジャンゴが、極めてノーマルなジャズ・イディオムを持って演奏していたことが分かる。また、ジャンゴは、ジャズそのものの進化に敏感だった。最新のジャズが、ディキシーからスイング、ビバップと形を変えて行くのに伴い、自らのギター・スタイルもそれに併せて、変化した。晩年の演奏は、まさにビバップであり、最初期にバップで成功したギタリストと言われるバーニー・ケッセルでさえ到達できていなかった、ホーンライクなプレイを残してる。あと半年生き長らえていれば、ディジー・ガレスピーとのツアーも実現していたらしい。

対して、現在、ジプシージャズと呼ばれるジャンルのミュージシャンは、「主に」弦楽器だけの編成が中心で、音楽的にも、リズム的にもジャンゴが1930年代に演奏したサウンドを模倣しているに過ぎない。また、ジャンゴの演奏よりも、ジプシー由来の旋律が強調されている。ジャンゴが亡くなってから何十年も経っている現在、ジプシージャズのギタリストには、テクニック的にはかなりの進化が見られるが、ジャンゴのプレイに較べると、それはもはや冗長な曲弾きであり、ジャンゴが求めた、その時代のジャズとの協調・融和というものは見当たらない。ジプシージャズは、ジャズとは名ばかりで、もはや、ジャズというよりも、(或る地域のジプシーの)今日的な民族音楽と言っても良いだろう。

ジャンゴの演奏を聴く前に、いきなり現在のジプシージャズを聴いてファンになった方々は、以上述べたことが分かるだろうか?できれば、ジャンゴの音源をたくさん聴いて、ジャンゴの偉大さを認識して欲しい。あきらかに、ジプシージャズとは一線を画すものだということが分かるだろう。

このサイトは、僕こと、長谷川光が敬愛するジャンゴ・ラインハルト、そして彼が残した音楽(≒ジプシージャズ)を啓蒙、紹介するサイトです。

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  • 「丸ごと一冊セルマー/マカフェリ」発売中丸ごと一冊セルマー/マカフェリジプシージャズと関係深いセルマー/マカフェリ(Selmer / Maccaferri)スタイルのギターの徹底解剖と、ジプシージャズを紹介したムック本が、このたび、えい出版社より刊行されました。この手の内容では、日本で初めての奇跡的な出版だと思います。ジプシージャズを語る上で、まずは読んでおきたい一冊でしょう。

    定価:本体2400円+税
    ISBN4-57099-727-4

  • ジプシージャズギター教えますYellow Django Revival
    このサイトのWEBマスター、長谷川光は、自らもジプシージャズやアコースティックスイングを昔から演奏しています。ここ数年はジプシースイングがブームになっているのでしょうか、そういったギタースタイルを教えて欲しいとのリクエストも少なくありません。以前よりアコースティックギターのプライベート・レッスンを開講していましたが、今回そういったニーズにお応えして、ジプシースタイルのレッスンも開始しました。
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& Enlightening the Gypsy Jazz